「良い授業」をそのまま真似してはいけない理由

ども、Kaiです。

公開授業や研究授業など、教員には授業力を磨くチャンスがあります。場合によっては、指導案を作成し、高評を得る。初任者であれば研修の一環として他の教科を参観する機会もあるでしょう。

せっかくの機会、余すことなく自分の学びにしたいところです。そのために生かせる視点を紹介します:)

愛知で働いていた頃は、初任者として年9回の研究授業や、東三河地区の公開授業をとおして本当に多くのアドバイスや指南をいただきました。もちろん、それ以上に他の先生の授業を参観させていただきました。

また、他校の公開授業にも積極的に参加しました。特に2015年あたりはアクティブラーニングをうたい始めた時期でもあったため、人一倍、灯台の明かりを探していた気がします(僕の簡単な経歴はこちら。)

そして、自分の中である程度の形ができてきた頃、コロナや多忙な業務が重なりました。なかなか授業を見に行けなくなってしまい、そういった機会のありがたみを噛み締めていた記憶があります。

最初はがむしゃらに優れた授業そのものに焦点を当てていました。しかし、回数や年数を重ねるにつれて、授業のとある部分について関心が強くなっていきました。それは今でも学びを深めるために外せない要素となっています。

それが学校の文脈です。

公開授業や研究授業で発揮される先生方のパフォーマンスは、

・その学校の偏差値帯
・生徒の雰囲気
・学校の雰囲気(校則や教員間の関係性)
・地域柄(地域や保護者)

少なくともこういった変数の上で成立しています。

学校の偏差値帯は ──授業スタイルをつくる4つの要素でも触れましたが── 授業の構成に大きな影響を与えます。教材の難易度や授業の進度などが変わるためです。

生徒の雰囲気はわかりやすいと思います。勉学へ向かう姿勢によって授業の進め方も変わっていくものだからです。

学校の雰囲気も重大な要素。校則が厳しいかだけでなく、厳しく運用されているかどうかも関わってきます。また、科内での協力体制が大切なのは言うに及びません。

そして、意外なのが地域柄ではないでしょうか。他地区の赴任校で学んだ手法にこだわった結果、職員間だけでなく、地域・保護者にハレーションが起こることは決して珍しくありません。

この多くは、地域や保護者が学校に期待する姿と学校の実践する姿にギャップがあるためです。前任校ではできていたことが現任校ではできない。これは往々にして起こります。

感想や直感的な気づきは学びの出発点。ここからもう一歩踏み込むために役立つのがシステム思考です。これは、個々の要素だけでなく、それらの相互作用や関係性も考えながら、全体の構造を捉えようとする思考法です。

上記のとおり、授業とは先生方の能力に加え、いくつかの変数の上に成り立っています。だからこそ、授業を参観する上で

・その学校の偏差値帯
・生徒の雰囲気
・学校の雰囲気(校則や教員間の関係性)
・地域柄(地域や保護者)

少なくとも、これらを自分なりに定義してから気づいたことを分析してみてください。「その先生だからできる」という結果も、学校の背景や地域柄に支えられているかもしれません。

いかがでしたか。今回は授業の参観、特に他校の実践例をより深く学ぶために背景を知ろうという話をしました。授業をどう見るかだけでなく、授業をどう文脈化して見るか。

授業が素晴らしいほどその先生の力量に目を奪われますが、実はその授業はその学校の文脈があってこそでもあります。そんな授業の背景にも目が届くようにしたいですね〜。では。

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