英語科の教員を目指す人が知っておきたい英語教育の現代史

ども、Kaiです。

夜の涼しさに秋の訪れを感じる日々となりました。仄暗ほのぐらい夜空に心地よく吹く風はオーストラリアを思い出させてくれたりもします。

さて、英語科教員の端くれとして、今回は英語科ってけっこう大変なんだよと、皆さんに知ってもらいます笑。

英語科は国が掲げる指導方針と現場との歪ひずみに悩まされ続けています。

折り合わせるのがむずかしく、年間指導計画も実情は自転車操業・・・そんな学校も少なくありません。のちに英語科にはCAN-DOリストが導入され「何を教えるか」から「何ができるようになるか」といった具合に指導に大きな変化が訪れました。(参考:https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1332306.htm)

生徒が4技能を伸ばしながら学習目標を達成していく──と方針を掲げたのはいいですが、いざ蓋を開けると教科書そのまま、入試もそのまま、民間試験の導入は頓挫など。環境が全く追いついておらず、歪みが悪目立ちしました。

指導法にもパラダイムシフトが起こり、文法一辺倒の指導から実践を見据えたアクティブラーニングへ転換した英語教育。そこには従来の文法指導に加えて・・・・主体的・協働的な活動を実施することが求められました。

これに対し、時間数の不足が常に叫ばれる現場では僕の周り含め「文法はどうでもいいのか」という声が至るところであがりました。

高校で学ぶ英語 ≠ 大学入試に求められる英語、これは制度上正しいと思います。しかし、実際は学校側も、生徒側も高校で学ぶ英語 = 大学入試に求められる英語という認識から完全には離れられていません。

やはり難しかったのは「やり方は現場で考えなさい」と実行を現場に委ねられたことでした。授業で文法を教えれば、現行の指導方針とぶつかり、課題で補おうとすれば、生徒からついていけないと言われる、、、、

実態を見ず、制度上の理屈で成り立つ英語教育の方針は、現場に混乱を招いてしまったのです。

こうした混乱は、現場にある種の一体感をもたらします。それは「上はわかってない」という感覚です。

生徒は他の教科、キャリア設計、部活、学校行事、青春で大忙しです。教員はというと、分掌、担任、学年、部活、生徒との時間とこちらはこちらで忙しない。

両者の事情を蚊帳の外に置いて、求められたのは、英語をイキイキと学んでいる生徒や超進学校で成り立つような、現実味の薄いものでした。結局それができない多くの学校は、補習や週末課題で文法を指導する羽目になります。多様な学校がある中では仕方ないとは言え、それが現場の印象でした。

そうした消極的な姿勢は残念ながら派生していきます。今は意識改革も含めて少しずつ整備されてきた感じはありますが・・・右も左も分からない初任者にそういった印象が受け継がれてしまうことさえもあるでしょう。

さて、いかがでしたか。より良い英語教育を手探りで目指している、悪く言えば迷走していると言える英語教育、その変遷を見てきました。

もちろん仕事なのだから掲げた目標は達成すべきだと思います。しかし、寄り添う姿勢のない変革が何をもたらすのかを体現した10年だったのではないかと感じています。

この現場の混乱を振り切ってでも舵を切ることを、国が選んだということではあると思いますが、それならそうだと示してほしくもありました。英語科の苦悩はまだしばらくは続きそうです。

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