ども、Kaiです。前回は、その道の達人が指導するときの共通点を紹介しました。
その一つが解像度が高いこと。では、解像度が低いとどうなるのか。今回は逆転の発想で達人の凄さに迫ります。
解像度が低いと、何が起きるのか
低い解像度によって引き起こされる問題、それは次の2つです。
・文脈を見逃してしまうこと
・手段が目的と化してしまうこと
解像度が低い、つまり理解の深度が浅いと、枝葉の情報をそっくり自分の文脈に当てはめてしまう傾向が見受けられます。
例えば、バスケの外部指導員として本校に来てくださっている先生は、その練習が何につながるのか、その練習が意図するものは何なのか。ここにかなりの時間を割いています。
その結果、一見複雑に見えるチームプレーも、初心者の僕ですらプレーの意味を理解し、絡み合った選手の動きを追うことができるようになるのです。
では、その結果完成したプレーを見た他校の先生が、それを見よう見まねで取り入れたらそのチームは強くなるでしょうか。おそらく答えはNOです。
それは自身のチームの特徴や、校風や文化、スタッフの経験値や環境などといった文脈を考慮していないためです。
また、選手の中で教え合うときも、その手法を真似し再現しようと精一杯な選手と、動きの目的を理解する選手でプレーの質が変わってきます。
“再現がゴールのプレー”と”理解のためのプレー”は同じように見えて雲泥の差があります。バスケが上手な彼らですらそうであることからも、教えることがいかに難しいかがわかります。
したがって解像度が低いと、同じことをしている“つもり”でも、文脈を見逃したり、手段が目的と化したりする事態が起こります。本質を理解する眼力があると、そもそもそこを見誤らない。だからこそ達人なのでしょう。
最後に
いかがでしたか。今回は自戒の念も含めて解像度の低さゆえに起こることを取り上げました。
逆に言えば、盲目に自分に当てはまると勝手に決めつけ、枝葉の情報を得ることをゴールにしてしまっていないかと常に気をつけることで、少しずつ物事の解像度を高めていけるのではないか。
そんな期待を寄せて今回は終えたいと思います:)

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